【知りたいこと】

 

■ 日本都市の市街縁辺部は広い。個別的な小規模宅地開発(ミニ開発)が農地を食い散らかして広がる「低蜜拡散市街地」に、日本の都市は取り巻かれている。

■ こうした市街化を抑制し、計画的にコンパクトな市街化を進めようとするのが、「線引き都市計画」の基本的な理念であったはずだ。

■ ところが、市街縁辺部のスプロール的な宅地開発は、30年前に引かれた「線」の内側でも外側でも、現実に行われてきたし、いまも続いている。これは一体どういうことなのか。

■ アノニマスな開発の営みが、そのまま市街地の形態を決める。そうした日本都市と日本都市計画の実態を、描き出してみる。

画面を上下に二分する白いガードレールの線。この線に沿って「市街化区域」と「市街化調整区域」を分かつ見えない線が走っている。線の手前は水田。いちおう開発から守られていることになっている。線の向こう側は、計画的に市街化を進めていくことが目標とされているが、その実態は、ばらばらの宅地開発が積み重なっただけの風景だ。線が引かれたのは1970年。その頃、この地域には見渡すかぎり水田が拡がっていた。一面の緑の中に、まだ見ぬ都市の輪郭が、ここまでの膨張は許容するという想定の線として描かれたのである。それから30年以上が過ぎ、似たり寄ったりの小さな宅地開発がモザイク状に、しかし周辺へ周辺へと降り積もり、いつしかこの見えない線に達っしていた。これから人口は減少する。それなのに、市街の拡散は止まらない。線の内側にまだらに残された細切れの水田が、まだ少なくとも10年くらいは宅地開発の圧力を受け止めることができそうだ。そうこうしているあいだに、都心は空洞化し、都市全体が薄まっていく。