鎌倉末から室町期にかけて、熊野の山伏や加賀白山の聖により、天竜川水系のみに伝えられたとされる「花祭り」。神社境内につくられた舞殿は、中央に土間があって、一方のみを開け放ち、閉じた三方に床を張るという、明快な構成。夜7時にはじまったおどりは、朝の7時までつづいた。土間の中央には煮えたぎる湯釜があり、それを軸に、鬼が舞い、子供や若者が巡り踊る。その回転運動が抑揚をもって繰り返されるうち、気が遠くなり、身体が汗に溶け出しそうなほどだった。(2002年11月23-24日、坂宇場地区) → photo album