単姓宗族の村

2004年08月18日

category= 台湾

shanho1.jpg金門(→必要最低限の予備知識)で「伝統集落」といえば、単姓血縁宗族の集落。

写真は「山后」という村(王氏の宗族集落)の模型です。集落は山(写真左)を背に、池(写真右外)に面しています。四合院形式の住居が整然と並ぶなか、一列だけ建物と庭の配列がずれているところがありますが、そこに一族の祖先を祀る「宗祠」があります。宗祠はいうまでもなく宗族集落の核です。多少のバリエーションはありますが、金門の宗族集落は、中枢部分ではだいたい似たような格好をしています。

shanho3.jpg19世紀半ばから20世紀前半にかけて、こういう村から人々が組織的に東南アジアや日本などに送り出され、また成功すればこの村に組織的に送金してくるシステムができあがり、こうした村は「僑郷」と呼ばれるようになります。華僑の世界はクローズドではありますがシステマティックです。このシステムの中心に僑郷があり、一族が成功すればするほど、宗祠や実家は立派に建築され、その求心力を強めるのです。

shanho2.jpg唐突ですが、ここ山后とつながりのある華僑の町のひとつに、日本の神戸があります。明石大橋の橋詰に木造の洋館が今も保存されていますが、あれはこの村を出た王國珍・敬祥父子が建てたもので、彼らはそこに孫文を住まわせていたことがあります。孫文が華僑ネットワークとの強く広い結びつきを持っていたことはよく知られていますね。

金門島は東西の長手が20Km弱という小さい島で、車で走ればいたるところで宗族集落に出会います。しかも、戦後半世紀にわたって閉ざされてきただけに驚異的な保存状態。中華民国の国際政治上の問題さえなければ、島全体ですんなり世界遺産になるのではと思わせるほどです。むしろ、観光開発や、修復あるいは修景という名目での環境の改悪がもうはじまっていて、たいへん心配です。

投稿者 aoao