街屋いろいろ
2004年08月10日
壁面を道路境界にきちっと揃える。1Fに「騎楼」(アーケード、歩廊)がある。歩廊の内側にお店があり、奥や上階は居住スペース。こういうのを台湾では街屋と言うことが多い。世界共通に通用する言葉としてはショップハウス(shop house)というのがある。ショップハウスが並ぶのを見たら、そこは紛れもなく町場、つまり都市的な空間ということ。
騎廊は東南アジア全域のチャイナタウンなどにみられるもので、台湾では日本の植民地政府が都市計画と建築規制のなかに位置づけ、戦後の都市計画関連法規にも受け継がれている。
彰化縣・田中
これがだいたい明治末から大正期らしい。これのもっと古い形式がずらりと残った、日本でいえば町並み保存のエリートみたいな街もあるが、この田中街は普通に近代化してきた街としては古い街屋がたいへんよく残っていて驚いた。
彰化縣・北斗
これはかなり古いかたち。平屋で、騎楼の屋根が主屋とは別棟になっている。小屋組も、福建などにみられる地方的な形式。部材がかぼそく、垂直・水平の材の間隔を狭くして、それらを互いに貫いて固めている。
彰化縣・田中
2階が、日本の町家の「つし二階」のように前面でとても低くなっており、しかも欄干が付いている。架構も中国南部のものと思うが、よく見るものとは違う。この辺は専門的知識がないが、これとそっくりなのを重慶で見たことがある。
彰化縣・渓湖
近代になると煉瓦造の表面に石を貼ったり、石洗いにしたりする。この建物は「東方樓」とあって、昔は遊郭のようなものだったらしい。近所の人は、「女郎屋」と言っていた。ちなみにこの放送禁止用語と思われる言葉は、台湾ではけっこう生き残っていて、あちこちで聞く。日本人街があれば女郎屋があったらしい。
左:彰化縣・田中
右:彰化縣・竹塘
経済的に余裕があると、ファサード(正面)の装飾化に走る。いわゆるバロック化。中央−上階−頂部にデザインが集中する。左の街屋のように頂部に姓(この場合は「陳」)を入れることが多く、希少な姓だと出身地が分かることもある。
