畔柳提灯屋さんへ行って参りました
2005年11月28日
2005.11.24
岡崎市伊賀町にある畔柳提灯屋さんに取材させていただきました。今回主に話を伺ったのは三代目ご主人の久太郎さんです。創業から百年以上ということもあり、この提灯屋には宣伝をしなくても注文がくるそうです。そしてなんと先代のご主人の頃には宮内庁からの受注もあったそうです!何十という数の提灯を作ったそうで、菊の紋を描くのが一苦労だったとか。そんな歴史と伝統の畔柳提灯屋さんですが、みなさんとてもいい方で、提灯を張りながら、作る工程を教えてくださいました。細かく分けていくと10も工程があり、それを全て畔柳さん一家で作っています。衝撃だったのは現在では殆どの提灯が、竹ひごではなく、針金に紙を巻いたもので作られていたことです。竹を削る人が少なく、コストもかかってしまうそうです。材料の多くは提灯の名産地美濃から仕入れており、和紙も勿論美濃和紙で、提灯の種類によって紙の厚さを使い分けています。職人ですねぇ。思いがけない所で自分の作品を目にしても、自分のものは判るそうです。同じ江戸文字(勘亭流)でも違うんだとか。職人ですねぇ。(かとう)
再出発のご挨拶
2005年11月26日
ものけんの活動が第2期に入りましたのでご挨拶申し上げます。
すでに11月17日の足助乾漆・高山兼男氏(足助)、11月24日の提灯屋・畔柳久太郎氏(岡崎)と、活動を展開中です。今後当面は、地元岡崎市を中心にまずは地域にこだわってみようと思います。自前HPの立ち上げ、地域諸誌への連載など、成果公開のあり方も検討中です。
このブログも、私だけでなく、各メンバーがそれぞれの名前で書き込むようにしました。
スパム覚悟でコメントも書けるようにしたので活用ください。
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。(あ)
人間、1年1年変わらなければならない・・・足助乾漆の芸術家。
2005年11月20日
2005.11.17.Thu. 足助乾漆・高山兼男(兼山)氏
取材させていただいた高山さんの言葉と行動は、結びついておりました。それは、目に見える形で。
「足助の漆を自分でとって使ったら、よそにない良いものができる」
という藤井達吉さんの言葉は、高山さんは何年経っても忘れませんでした。そして、独自の足助乾漆で茶碗作りをはじめたのです。
型をもとに、お茶碗の形を作り出す。漆をかさね、また研ぎを作業を何度も繰り返した後、仕上げの研ぎの瞬間、一つだけしかない色合いがお茶碗に見事に研ぎ出されます。それは高山さんのお宅で見せていただいたビデオに映っていた工程の映像にあり、奥にある色から表面に近い色が一つの面にあらわれてくる仕上げの研ぎというのは惹きつけられるものでした。
日々過ごしている中で、直接人から聞くことや本のなかで出会ったりして、印象に残る言葉や胸にひびく言葉というのは、みなさんきっと感じていると思います。でも、その言葉たちにインスパイアを受けたとしても、私はそれを行動にうつせないで過ぎていってしまいます。しかし今回、高山さんとお会いして、言葉をちゃんと受け取って、凄さや力が感じられました。(おくむら)

