人間、1年1年変わらなければならない・・・足助乾漆の芸術家。
2005年11月20日
2005.11.17.Thu. 足助乾漆・高山兼男(兼山)氏
取材させていただいた高山さんの言葉と行動は、結びついておりました。それは、目に見える形で。
「足助の漆を自分でとって使ったら、よそにない良いものができる」
という藤井達吉さんの言葉は、高山さんは何年経っても忘れませんでした。そして、独自の足助乾漆で茶碗作りをはじめたのです。
型をもとに、お茶碗の形を作り出す。漆をかさね、また研ぎを作業を何度も繰り返した後、仕上げの研ぎの瞬間、一つだけしかない色合いがお茶碗に見事に研ぎ出されます。それは高山さんのお宅で見せていただいたビデオに映っていた工程の映像にあり、奥にある色から表面に近い色が一つの面にあらわれてくる仕上げの研ぎというのは惹きつけられるものでした。
日々過ごしている中で、直接人から聞くことや本のなかで出会ったりして、印象に残る言葉や胸にひびく言葉というのは、みなさんきっと感じていると思います。でも、その言葉たちにインスパイアを受けたとしても、私はそれを行動にうつせないで過ぎていってしまいます。しかし今回、高山さんとお会いして、言葉をちゃんと受け取って、凄さや力が感じられました。(おくむら)
話が進むにつれ、高山さんが自分の仕事を世に位置づけるための戦略を自覚しているのだということがだんだん見えてきて、僕はその点に興奮しました。
権威ある展覧会は硬直してしまっていて、足助の漆のように透明度が高く、したがってあまりに発色のよい乾漆は、「漆ではない」とみなされてしまう。高山さんはまさにその足助の漆を、師の言葉を通して発見し、磨き上げてきたわけで、しかも、それを貫こうとすれば評価されない。ならば評価の枠組みを自らつくるのだという姿勢。共感しつつも圧倒されました。(あ)
私はなによりも、高山さん自身の生き様に深い感銘を受けました。高山さんからは「生きている!」という強い輝きを感じました。まぶしいくらいに。今まで誰もやったことがなかった漆の抹茶茶碗。きっと試行錯誤の日々だったと思います。そのときの自己との葛藤。それがあったからこそ今、あんなに輝いて見えるのだと思いました。
驚いたのは、足助の漆がとても良質だということ。どこの地域にも、隠れた、あるいは忘れ去られてしまった魅力や資源があるのだと思いました。ものづくりを通して、そんな地域の魅力、資源をもっと発見していきたいなと思う今日このごろです。

