宮殿と書いて「くうでん」と読む。

2005年07月21日

category= しゅざい

kuden_arai.jpg6月11日に行った 三河仏壇の取材に関連して、木地師さんと宮殿師さんを訪ねた。今回は「平林佛具」(岡崎市渡町)の宮殿師さんお2人への取材報告を。

写真は新品の製作ではなくメンテナンス。尾張・三河の仏壇屋は他地域に比べて、メンテナンスの仕事が発達しているようで、非常に興味深く拝見した。メンテナンスはたんなるマニュアルどおりの修理ではありえない。年月を経た仏壇に、職人の技術と知識をぶつけて、その仏壇に刻まれた過去を読み取り、謎解きのパズルを完成させていく、とても知的なプロセスなのだ。もちろん、建築だって何だって、メンテナンス一般がそうなのである。
 
前に書いたように、8種に分かれた職人の分業と統合によって仏壇はできているので、販売店が受けたメンテナンスの仕事も分解されて、宮殿師さんのところには宮殿部分だけが持ち込まれる。もともと仏壇は分解可能なようにつくられているが、それも完全に一個一個の部品にまで解体するのではない。他工程との関連を意識しつつ、分解可能な単位(まとまり)が設定されているようだ。宮殿師は宮殿部分を分解して、欠損や変形を直し、再び組み直せるようにした上で、塗師(漆を塗る職人)や箔押師(金箔を押す職人)に引き渡し、戻ってきたものを組み立てる。写真はそこまで分解した状態を示すのだが、それは、数十年前の職人たちがこの仏壇をつくったプロセスを探りながらトレースすることに他ならない。この分解されたユニットが、過去の職人たちの連携のありようを物語るのだ。

kuden_arai2.jpg上のように分解したものを再び組んでみたのが左の写真(もちろん上下がひっくりかえっている)。ぎっしりつまった詰組なので、一番上に見えているのは台輪。こうしてみると建築そのものなのだが、上の写真のように分解してみると、実は非・構造的。基本的には絵画的・彫刻的な見えがかりが建築らしければよいこと、また解体修理や他工程との関連を意識したユニットの設定のなされ方が、建築とはやはり異なる。

尾張・三河の仏壇は金箔を多用する。ところが上の写真で、左手にみえる組物部分は先端だけが金箔で、他は黄色いカシュー塗料が塗られている(カシューナッツの殻が原料で、漆の代用品として昔からある)。また右手の枠はやはり金箔ではなく、真鍮を薄くのばした「洋箔」と言われるものだ(錺金具を外したところは金色に輝いているが、露出部が黒ずんでいるのはいかにも真鍮)。この仏壇を持ち込んだ所有者にも制作年代が分からないらしいが、こうした代用技術の多用からみて戦中か戦後すぐのものではないかと35歳の若い宮殿師さんは指摘する(うーん、かっこいいなあ)。しかも、典型的な宮殿に比べて奥行きが小さく、要するに建築の再現が節約されている。

kuden_shuzai.jpg他にも、古い仏壇は様々なことを語ってくれる。裏に記された符丁(記号)を見れば、それが何人兄弟の製品なのかといったことも分かる。仏壇は特注品も多いが、昔から普及品もあって、たとえば同じ型で10本とか20本とかつくったのなら、それなりの記号がついている。その符丁の付け方で、分解可能な単位をどこに設定しているのかも見える。

表からは見えない材の特徴も、分解すればはっきりと見える。面的な部材に大きな節のある材料が使われていたりすると、これに手で鉋をかけるという難しい作業をかつての職人がこなしていたことも分かり、自分にはできないと自問するという。

持ち込まれる仏壇によっては、謎解きは非常に複雑なものになることがある。たとえば、分解はできても組み直すことができず、納期が迫っても解決せずに冷や汗をかいたことがあるという。取っ組み合いのような試行錯誤の上にようやく組み直しができたその瞬間に、その仏壇が3つの異なる仏壇の部材からできていることが分かった。問題になるのは寸法体系、つまり木割だ。異なる木割の部材を、背後で帳尻あわせをしながら組み立てたものだったわけで、それが分かった瞬間は仕事どころではない快感だったという。仏壇というのは簡単には廃棄できないので、昔から仏壇屋が下取りするシステムがあったという。老朽化して個別には売りにくい仏壇が集まってくると、それら中古品をにらんで部材を取捨し、組み合わせて売り物になる仏壇をこしらえる。そういうサイクルがあったらしい。

kuden_shosai.jpgこちらは新規の制作。こちらの方が軸組や架構がより構造的(建築的)。造作もきわめて精巧。各部の形状によって技術も道具も細分化されている。道具もいくつか見せていただいたが、その細分化のありようは驚異的というほかない。自作で工夫した道具も多い。ひとつひとつの道具のなりたちを調べるだけでも膨大かつ興味深い作業になる。

kuden.jpg親方の制作風景。工房はありとあらゆる材料と道具で埋め尽くされ、ほとんど足の踏み場もない。もうちょっと掃除しとけばよかったんだけどね、と親方。でも、こういう雑然とした作業場に何ともいえない魅力を感じる。


お二人とも本当にありがとうございました。また遊びに行かせていただきます。

しかし、親方の駄洒落がたびたび炸裂するのには、正直まいりました。

投稿者 aoao | コメント (0)
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